それから、見覚えた道を思い出しつつホテルに着いた。着いたところで「明日10時に」というマリアンヌの言葉が脳裏によぎった。はて、10時ということは、朝食を食べた後ホテルに戻るのは11時過ぎるなと思うと、さて、電車でマンハイム経由フランクフルト空港へ戻るのは飛行機の時間からちょっと難しいなと思った。そこでホテルの受付の人に、タクシーで行くとするとどれほどの時間かを聞いた。「飛行機の時間は?」「13時50分かな」「11時に出ないと」「11時30分では」「無理かも」「大丈夫さ」とか言っていると、「ホテルからシャトルタクシーを手配できますが」という。それなら早く言ってよとすぐに予約した。11時30分にホテル発で。しかし、10時に朝ごはんということは、時差の関係で多分朝の6時には目が覚めるなと思い、6時から10時までどうしたら空腹と戦えるかを考えた。荷物は起きてからまとめれば良いな、シャワーも起きてから、頭を洗おう、散歩するとさらに腹が減りそうだな、目が覚めてもベッドにいないと、など色々と想定してみた。
翌朝、6時前に目が覚めた。もうひと眠りと自分に言い聞かせ、目をつぶった。つぶったが眠れない。それでもしばしベッドに居たが、これは無理だと起き出した。荷物をまとめようと旅行鞄を取り出した。慎重に、焦るな、時間はあるのだ。と、反復しながら持ってきた荷物にマリアンヌから貰ったものなどを詰めた。まだ7時だ。そうだ体操をしよう。毎朝の体操を部屋でしてみた。簡単なものでそう体力を使わないものだ。7時15分になった。で、シャワーへ。入念に身体、頭を洗った。気持ちが良かったが、急激に空腹感が襲ってきた。がんばれ。我慢だ。下の食堂へ降りて行って何か食べようかという誘惑を断ち切りつつも水だけ飲んだ。水に手持ちの牡蠣エキスサプリを2錠口に入れた。8時になった。それからテレビを見たり、窓から表を眺めたり、鞄の中を調べたり、PCを開いたり、メールをチェックしたりした。9時45分部屋を出た。何しろギャラリーまで5分とかからないが、前の通りのお店を見てみようなど考えながら、ホテルの受付に後で戻るからと言い置いた。残念ながらどの店もまだ開店前だ。ゆっくりと景色を楽しむ振りをして通りを渡り、こういう時に限って信号は青だ。一回信号待ちをしてから渡ったが、そこはもうギャラリーだ。10時8分前。そこで撮った写真がこれだ。

「グウテンモルゲン」(ドイツ語でお早う)、とマリアンヌさんが現れた。歩いて彼女のマンションへ。聞くと、以前は郊外に住んでいたが、その郊外の家を売却し数年前にギャラリーの近くにあるマンションを購入し引っ越したという。5分でそのマンションの入り口に。
隣のしっかりとした建物を指差しながら、「このビルは元ホテルで、私たちのマンションはそのオーナーの住まいだったのよ」とマリアンヌさん。玄関は2か所あるが、まずこの玄関から入りましょうと言う。意味が良く分からなかったが、多分その方がエレベーターに近いのだろう。エレベーターは昔ながらの様式で、ゆっくりと上昇する。ロンドンのホテルにあったエレベーターを思い出した。思い出してからその話を彼女にした。二人で笑ったが、直ぐに彼女のマンションのある階に停まった。なんでもそのフロアーはすべて彼女のマンションとか。家の玄関に案内されて中へ入った。ご主人が出迎えてくれた。「グーテンモルゲン」と挨拶を交わした。見ると、右半身に麻痺が残っているようで、深くは聞かなかったが、脳梗塞の後遺症のようだった。それでもしっかりとした話方で、もっとも彼はドイツ語しか話さないようで、内容は理解できなかったが、話しぶりには違和感はなかった。まず、彼女がご主人に「家の中を案内して」と言っているようで、直ぐにご主人が私を誘ってそれぞれの部屋を案内し、玄関の奥にあるベランダというかテラスへ出た。そこでは近くの山が真近に迫り、その中腹にある古城が眺められた。その古城は、あとで聞いたのだが、ドイツのなんとかいう皇帝の居城だったとか。その他市内も一望でき眺めのいいテラスだ。ここで夕方にビールを飲むこともできそうだなと思いつつも、「フィーレンダンケ」(ドイツ語で有難う)と言った。
するとマリアンヌさんが、「用意が出来たわよ」と二人を呼ぶのであった。台所に隣接する食堂に案内され、すでに食卓には朝の料理が並べられていて、見ると、サーモン、魚のマリネ風のもの、チーズ、野菜サラダ、パンが置かれてあった。席に着くと、「珈琲?」と聞かれた。「そうですね」と答えると、続いて「たまごを料理したので」と。「たまごは実はコレステロールの関係で余り食べないので」。「そう残念ね」などと話しながら朝食が始まった。まず、サーモンの皿を取り厚いそのフィレをナイフで切り取り、自分の取り皿に置いた。この厚く切ったサーモンをサワークリームで食べると美味しいのだが、今回は何もつけずに食べた。「素晴らしいですね、美味しいですね」と繰り返す私に、「たまごは?」とマリアンヌさんが畳みかけるので、「はい、いただきます」。中くらいの鍋一杯に作られてあったそのたまご料理はスクランブル風だったが、たまご自体がおいしのだろうか、まろやかな味で、パンに良く合った。「美味しいですね」としか言えないのだが、「チーズはフランスとドイツの」と彼女が言うので、両方頂戴した。これほど食べたのは久しぶりだ。食べ終わるころ、「あ、いけないオレンジジュースを出し忘れた」と言うではないか。言いながら、直ぐ後ろにある冷蔵庫からジュースを取りだし私にくれた」。「ダンケ」、有難うとそれを飲むと爽やかな味が口の中に広がった。すると、シャンパンを飲みましょうと言う。え、シャンパンと訝っていると、シャンパンの瓶をワインクーラーから取り出し、ご主人に開けるように指示をした。ご主人は手が不自由にも拘わらず一生懸命にその瓶を開けてくれた。開けてから、私のグラスに注いてくれたのだ。皆で「EinToast」、乾杯した。その時のお二人の写真を見てください。

「Wievier uhr ist es、」何時ですかと聞くと、「11時15分です」。これは大変、直ぐにホテルの戻らねばと、今日は本当に有難うとお礼を述べ、またの再会をとお二人に別れを告げた。「道は分るでしょ」。「はい、分かります」と言いつつも、少しの不安が。私はどちらかと言うと道音痴なのだ。「帰りはこちらの玄関からよ」というのを「大丈夫、大丈夫」とマンションを出た。出たが、正直見慣れない場所だ。それでも思い当たる方角へと足を進めた。が、さらに分からなくなった。そこで、道行く人に聞いてみた。すると、あっちだというのでその方向へ行くと、どうも様子がおかしい。これは困ったと思っていると、ある道の角、交差点なのだが、横から荷物積んで手押し車を押している中年の女性がきた。なにやら東京の街角でもいそうな雰囲気の宅配便の業者風だったので、思い切ってホテル名を言いながら、「どのように行けば」と聞いた。彼女は「そこよ、私に着いてきなさい」と私を伴ってまっすぐに迷いなく進み始めた。しばらくすると、「あそこに」とホテルの姿を手で指してくれた。11時30分をかなり過ぎていた。ようやくホテルに戻ると、「車、来てます」とホテルの受付の人がいう。いそぎ部屋にもどり荷物を持って、受付で会計を済ませた。やれやれ。
実は、「やれやれ」ではなかったのだが、つまり、その車というのが確かBMWという高級車で、しかも新車のようだった。運転手はまだ若い、がもうベテランと言った雰囲気で、「空港までですね」と確認をし、「時間は、これこれ」と言いつつ車を出したのだ。12時を回っていた。やがて高速道路に入り、有名なアウトバーンらしく、いきなり加速した。かなりの速さだった。少し怖く、と言って飛行機の時間もあるのでゆっくりお願いしますともいいだせなく、恐る恐る運転席の前にある速度計を覗き見た。「180」という数字が見えた。え、え、え。なんと40分でフランクフルト空港に到着。無事に飛行機に搭乗できたことはいうまでもない。